証券訴訟―不祥事の後に企業を待ち受ける新たな脅威

blog_legal_icons本Blogでは普段、企業不祥事の予防や有事対応に関するトピックを取り上げていますが、今回は少し視点を変えて、有事対応が一段落した後に生じる民事責任の問題、とりわけ投資家が企業に対して起こす損害賠償請求訴訟(証券訴訟)を取り上げてみます1

1 証券訴訟とは何か

長らく、企業において不祥事が発生した場合に、株主との関係で企業が真っ先に心配しなければならないのは株主代表訴訟であると考えられてきました。実際、近年でも、株主代表訴訟の年間の訴訟提起件数は、50〜100件と高止まりしており、役員の大きな脅威となっていることはたしかです。

もっとも、株主代表訴訟においては、請求を受けるのは役員個人(退任して元役員となっていることも多い。)であって、企業はむしろ、株主に代表されることによって利益を受ける立場にあります。したがって株主代表訴訟自体が企業経営に深刻なダメージを与えることは考えにくいところです。

これに対して、近時、企業経営の新たな脅威として認識されつつあるのが「証券訴訟」と呼ばれる訴訟類型です。証券訴訟は、不祥事やその原因となった事実について企業が不適切な開示をしていた事案について、「不適切な開示2により投資判断を誤らされたこと」を理由として、役員のみならず、企業に対して、直接的に自らの損害の回復を求めて提起する損害賠償請求の総称です(より具体的に、どのような「不適切な開示」が問題になるのかは後記4で詳述しますが、ここではいわゆる「粉飾決算」のような事案をイメージしていただければ十分です)。

[1] 重要な事項の不開示を含みます。以下同様。

潜在的には、「不適切な開示」の下で株式を取得した全ての株主が原告となり得るため、賠償すべき金額は、理論上、企業経営そのものを脅かす金額規模となり得ます。

2 証券訴訟が増加している理由

実は、日本ではほんの十数年ほど前まで、証券訴訟はほとんど起こされてきませんでした。これは、「不適切な開示」を理由に損害賠償請求を行うにあたって原告である投資家側が立証しなければならない以下の三つの要件それぞれについて、立証のハードルが高いと考えられていたことによります。

(ⅰ)企業が不適切な開示をしていること
(ⅱ)企業や役員の故意・過失
(ⅲ)不適切な開示と因果関係のある損害

しかし、(ⅰ)および(ⅱ) に関しては、近年、不祥事発生時に第三者委員会や社内調査委員会が設置され、調査報告書を公表する実務が定着しつつあり、こうした調査報告書を証拠提出することによって、相当程度の立証が可能となりました。また、(ⅱ)及び(ⅲ)に関しては、立証責任を被告である企業側に転換すること等を定めた特別法が平成16年の証券取引法(現在の金融商品取引法)改正により新設されました(金融商品取引法21条の2)。

このように立証のハードルが低くなったことに加えて、同じく平成16年の証券取引法改正により、有価証券報告書等の虚偽記載について課徴金制度が導入され、証券取引等監視委員会(SESC)が企業の不適切な開示(虚偽記載)事案の積極的な掘り起こしを行うようになったことや、インターネット等を通じて集団での訴訟提起を呼びかける投資家側弁護士のグループが現れるようになったことなどもあり、近年、証券訴訟の提訴件数は明らかな増加傾向にあります。

3 証券訴訟の特徴―株主代表訴訟との対比から

証券訴訟では、民法709条、715条(使用者責任)や、前述の金融商品取引法21条の2を根拠に、自己の株価の下落分の損害につき、企業やその役員に対して、損害賠償を請求することが一般です。

株主代表訴訟が、その名のとおり、株主が企業を代表して、

①’株主自らの損害を回復するために、
②役員(旧役員を含む)に対して、
③その善管注意義務違反等を理由として提起する

というものであるのに対して、証券訴訟は、株主自らの損害を回復するために、

①’株主自らの損害を回復するために、
②’企業および/または役員(旧役員を含む)に対して、
③’投資判断時(株式取得時)に不適切な情報開示を行ったことを理由として提起する

というものである点が株主代表訴訟との大きな違いです。

①と①’、②と②’を比較すると、十分な資力を有する(場合が多い)企業に対して自らの損害の賠償を直接請求できる点で投資家にとって魅力的といえます。一方、③と③’を対比すると、株主代表訴訟は、企業ひいては株主に損害を与える不正・判断ミス全般を請求の理由とするのに対して、証券訴訟は投資判断時の不適切な情報開示に請求の理由が限定されます。したがって、例えば、株主の株式取得後に行われた不正・判断ミスによる株価下落は証券訴訟の対象とはならないと考えられます(このような不正・判断ミスは投資判断時には存在しなかった以上、投資判断に影響を与えていないためです)。

表―証券訴訟と株主代表訴訟のメリット・デメリット

証券訴訟 株主代表訴訟
請求可能な損害

株主自身が被った損害

会社が被った損害3

請求の相手方

会社・役員(元役員)等

役員(元役員)等

請求の理由

不適切な情報開示

違法行為全般

4 証券訴訟の対象となる企業不祥事はどのようなものか

さて、ここまでの説明で「不適切な(情報)開示」という言葉を用いてきました。不適切な開示というと、財務諸表の虚偽記載(粉飾決算)がまず思い浮かびます。たしかに、証券訴訟が提起される典型的な例は粉飾決算の事案であり、リーディングケースの1つであるライブドア事件4でも、ファンドスキームを用いた利益の水増しが問題となりました。

それでは反対に、問題となるのは財務諸表の虚偽記載(粉飾決算)に尽きるのかというと、そうとも言い切れません。海外の事案になりますが、かつてトヨタ自動車のアクセルペダルのリコール(無償回収・修理)をめぐって2010年2月から3月にかけて米国で起きた証券訴訟では、原告は、同社が、リコールに関して公開すべき情報を公開せず投資家をミスリードしたと主張しました5。また、現在、日本の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、自動車排ガス不正で株価が下落して損害を受けたとして、ドイツにおいてフォルクスワーゲンに損害賠償を求める訴訟を提起しています6

こうした、製品の性能不備などの情報を開示していなかったことまでもが証券訴訟の対象になるとすると、例えば、近年頻発している国内メーカーの性能偽装問題による株価下落も請求の対象となりかねず、証券訴訟の対象となる企業不祥事の範囲は極めて広範となります

日本の裁判所においてこの種の広範な請求が認められるかについては十分な先例がなく不明確な状況ですが(私見では無限定に認められるものではないと考えています。)、不明確であるがゆえに提訴リスク自体は免れないところです。

したがって、企業の担当者としては、不祥事発生時には、事後の証券訴訟の提訴リスクも念頭に置いたうえで、株主対応や開示する調査報告書にどの程度の内容を記載するかなどを慎重に検討する必要があるといえるでしょう。

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1. 本稿で触れた諸点についてご興味を持たれた方は、拙稿「株主代表訴訟・証券訴訟」(ビジネスロー・ジャーナル2018年11月号)、藤原総一郎・矢田悠ほか『証券訴訟―虚偽記載』(中央経済社、2017年)等もご参照頂ければ幸いです。

2. 重要な事項の不開示を含みます。以下同様。

3. 株主代表訴訟では、株主の損害は会社の損害が賠償されることにより、その限度で間接的に賠償されるに過ぎません。

4. 最三小判平24・3・13民集66巻5号1957頁

5. 事件自体は和解で終了しています。一連の経緯について、例えば、Gerald H.  Silk, Benjamin Galdston, David Kaplan, Cases: In re Toyota Motor Corporation Securities Litigation( https://www.blbglaw.com/cases/00158)参照。

6. 日本経済新聞電子版2016年6月24日付記事(https://www.nikkei.com/article/DGXLASGC23H1N_T20C16A6EE8000/)参照。

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